めだかファミリーグループ誕生秘話②―教育一家に生まれた僕が、「教師以外の道」に惹かれた学生時代―
2025.07.16
めだかを通じて、人とのつながりが広がっていく一方で、当時の私は、人生そのものに悩んでいました。
私は父も祖母も、親戚もみんな教師という、いわゆる“教員一家”に生まれ育ちました。ですので、「仕事=教師」という価値観の中で自然と育ち、気づけば教育学部へ。そこに疑問を持つことすらなかったのです。
けれど実は、小さい頃から「みんなと同じ」が苦手なタイプでした。小学校の通知表には、はっきりと「協調性がない」と書かれていたほど(笑)。大学4年生の就職時期も周囲が一斉に教員採用試験また只中の頃、私は、ベスト電器でテレビを売っていましたw
ちょうどその頃は、ソニーの「ブラビア」が発売された時期。週末は派遣スタッフとして、ソニーのテレビ・レコーダー・ビデオカメラの仕組みや特徴を覚え、どうやって「世界の亀山モデル」(シャープ)からブラビアに乗り換えてもらうか、接客トークを磨く日々。1インチ1万円もするテレビ(32型32万円でしたw)を買っていただくには、知識も工夫もトーク力も必要でした。
その一方で、専攻していたのは「自然地理学」。その中でもため池に目をつけ(理由は単純で、「バス釣りが好きだったから」)、日本全国のため池に関する論文を読みあさり、最終的には福岡県春日市をフィールドに、ため池の保全について研究。誰よりも汗をかきながら、卒論に没頭しました。
そんな大学4年生の就職活動時期、私は教員採用試験を受けませんでした。代わりに、あこがれだったソニーの入社試験を受けます。しかし結果は――不合格。周囲の仲間が次々と教師として配属されていく中、私は仕方なく宮崎の中でも最も山深い僻地の椎葉村の小学校で、臨時講師として教壇に立つことになりました。
結果だけを見れば、遠回りに思えるかもしれません。でも今だからこそ、あのテレビ売り場で学んだ「相手の立場に立って話す力」や、卒論で身につけた「地道な調査・文章力」は、教員時代も今も僕の土台になっています。そして今でも周りがやっていることにはあまり興味がなく、誰もがやっていないことに挑戦する。その姿勢は全く変わっていませんし、それが今の価値を生んでいますw経営者そんな人ばかりw
一見遠回りに見える学生時代の経験が、のちに「めだかファミリーグループ」という会社経営の礎となっていることを今なら自信をもって言えます。人生に無駄なんてない。そして自分らしさを持って生きる。とても重要なことを学んだ時期でした。
次号へ続く・・・